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座談会参加など junちゃんの体験談

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座談会や取材協力や、それについて思ったことなどをつづっていきます。

  
 日テレ「番組モニター」
活動実績
  • 2004年5月〜10月までの6ヶ月間をやらせて頂きました。
    募集は全部で30名。16歳から65歳までの幅広い年齢層に男女が散らばるようにいました。
    倍率は14倍以上で、結構応募が多かったようです。
  • 始まる3週間ほど前に、日テレの局に集まって説明会があり、報告書の書き方や、送信に関する注意事項などを説明して1時間ほどで終了、希望者のみで局舎内の見学が催されました。
    報道フロアやスタジオなどを30分ほど見学して周り、1階の出口で解散でした。
  • メールで2週ほど前になったら、視聴番組の指定が送られてくるので、それを視聴してメールで送信して・・・が週に2〜3回あります。
    当然、仕事の都合などでリアルタイムに見られないこともありますので、ビデオでの鑑賞でもOKですが、一応局側には
    「なるべくリアルタイムにみてください。」
    と言われました。
    なにしろ24時間以内での報告書送信なので、時間との戦いです(^_^;)
  • 報告書はワードの文書形式で決められたフォーマットに入力し、メールに添付して送信するので、たまに間違えて空のファイルを送ってしまって、担当の方に「何も書いていないファイルですよ〜」と、電話を戴いたりしました(^_^;)
    (担当者さんごめんなさい!)
  • 毎週1回、郵送で前週の報告書(30人分)をまとめた冊子が送られてきて、モニター全員の意見が見られるのでとても為になりました。 もちろん皆さん文章のうまい方ばかりが選ばれているので、とてもわかりやすく勉強になる内容です。
  • 終了後2週ほどしてから、最後に食事&汐留からの夜景付きの立食懇親会が催されます。 高級ワインなども出てとってもムーディーな懇親会でした。
  • 最後に・・・・・・
    またやりたいですか?と聞かれると、やってるときは正直しんどいときもあったけど、「またやりたいです。!」と答えると思います。ぜひ皆さんもチャレンジしてみてくださいね〜(*^_^*)
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 博多一風堂モニター(力の源カンパニー)
活動実績 【4月】
  • 午後も2時に近いというのにまだまだ50人近く店の前に並んでいるという盛況ぶりの、一風堂横浜ポ○○店・・・噂に違わずすごいわ(^_^;)

    今日は一風堂モニター初の店舗調査の日。
    あまり列にならぶ事が好きじゃないjunちゃんもモニターで来ている今日ばかりはおとなしく最後尾にならんで待ちます。(辛)
    「あーあ。もう少し遅く来ればよかった〜」
    と言っても後の祭り。
    いつもは家族で来るのですが今日はお仕事という事で一人。
    いくら有名行列店とはいえラーメン屋に女一人でいくのはとても恥ずかしいもので・・・(^^;)
    次からは絶対子供かダンナと一緒に来ようと誓ったjunちゃんであった。
    ルイボスティーが飲み放題なのですが、とても後口がスッキリしていてとんこつ味のラーメンによく合いました。
    赤丸新味・・並んだかいがあってとってもこってりしてるのに、なぜかあっさりしてて美味しかったですo(*^▽^*)o
    とんこつってコラーゲンがたっぷり入っているらしくて、美容にもとてもイイらしいですよ〜

    ★注文品:赤丸新味

【5月】
  • 今日は集合アンケのついでに寄った銀○店です。
    ここは店舗が地下になっていて、階段を下りていくと思ったよりも広い空間にびっくりします。
    テーブル席エリアが手前と奥にあ2カ所あり、ちょうど真ん中に通路っぽくカウンターになっている作りで、窓がないので妙な落ち着きがある。
    ここならなんとなく女性一人でも抵抗なくはいれますね。

    ★注文品:白丸元味

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国政モニター(内閣府大臣官房政府広報室)  
応募のエピソード 2004年3月中旬
  • ある日、家のポストに分厚い山吹色の封筒が突っ込んであり、宛名を見ると、見るからにお役所的な明朝体の黒文字で「内閣府大臣官房政府広報室」の名が・・・・。
    何となく忘れていたのですが、そういえば1月の上旬に、全国紙に掲載された
    国政モニター募集!の知らせを見てネットで応募したっけ〜。
    モニター生活史上初めての、公募モニターです〜o(*^▽^*)o
    さて封筒の中には、表彰状のような堅い感じの依頼状と登録用の書類数枚と、月報(2月号)が入っていました。
    早速、登録用の書類に目を通し、返送を22日までに完了する事と書いてあるので、記入を済まして返送しました。
    モニターの手引きというハンドブックの内容をざっと読んだかぎりでは
【活動内容】
  • 任期は1年間(16年4月1日から17年3月31日)
    半年を区切りに、行政に関するレポート(自由課題と特別に与えられた課題がある)を、
    専用の用紙に書いて郵送か、もしくは登録したe-mail にて投稿(メールの場合登録書類返送時にメールアドレスを書いて返送する)時にし、
    レポート1通あたり1000円(上限10000円)として謝礼が支給されるようです。
    と言う事は、
    1年間に20通出せば2万円になるという事ね〜(^^)
    さらに年間を通して座談会が1回あり(地域によっては無いところもあるらしい)、出席すると
    5000円と交通費実費が支給されるみたいです。
    発生した報酬はすべて国庫から、同封の用紙に記入する銀行もしくは農協(郵便局とインターネット専業銀行はダメみたい)口座振り込みとなるようです。
【応募について】
  • 応募の際に気を付けた事と言えば
    覚えている範囲での自由記述では、
    現在自治会でやっている役員等での活動内容やPTAでの活動を通じた、行政に対する改善要望事項や、
    国政に対する意見(確か自衛隊のイラク派遣だったと思う)を、なるべく主観的(客観的ではなく)に書きました

    ハガキとインターネット両方の応募チャンネルがありますので、字に自信がない私はインターネットで応募しました。(^^;)
    これからも追々レポートしていきますね〜

活動実績 【4月】
  • イラクの人質事件などの国際的な事件が起きた月だったので、国際問題について思う事を2件ほど投稿した。 メールによる投稿で、だいたい800時前後の本文と、本文の内容を要約した文章を200文字以内でくっつけて提出です。
    提出すると必ず提出した文書を受け付けた旨の返信メールが来ます。(このへんはさすがお役人。きっちりしていますね(*^_^*))
【5月】
  • 国政モニターの期間は自動的に無料で、「CABINET」という(社)時事画報社発行で政府編集協力の小雑誌が毎月2回送られてきて、政府の活動や政策、首相の動きなどが綴られています。 この雑誌は1年間の定期購読も4600円を支払えば可能ですので、興味のある方は(社)時事画報社まで問い合わせてみてください。
    さて今月の活動ですが、連休中は今ひとつ気分が乗らずレポートが書けませんでした。かえって忙しい仕事の合間にちょいちょい書く方が、筆が進むような気がします。不思議ですね〜

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座談会1(某社 電気製品の使用法について)
2003年11月15日(土)

行ってきました初の座談会

もうすぐ冬だというのに(暦上は冬ですね〜)、ちょっと蒸し暑い感じの電車に揺られて都内某電気会社のオフィスまで約1時間。
こういうのは遅刻厳禁なので少し早い目に家を出て、30分ほど早く着いてしまい、周りに何も無い素っ気ないオフィス街で、暇をつぶす場所もないのでそのまま会場へ入りました。

入り口の受付で、記名を促されたあと、奥の控え室に案内されると・・・”ご自由にどうぞ”とコーヒーとお茶類が紙コップ、給湯ポットと共におかれていたので遠慮無くコーヒーを頂きます。o(^v^)o
うーん・・・かえって、スタバとかが無くて良かったのかも・・(汗)

そうこうするうち、時間通りに5人が揃ったところで別室の部屋へ案内されました。

警察の取調室にあるようなマジックミラーが、部屋の片方の壁一面にあり、その上にはCCDカメラ。

そばには、清楚な感じの司会の女性と、パソコンに向かった書記の人が陣取る。 
商品がそれぞれに識別用の番号を付けてテーブルに置かれ、それを中心に車座にいすが配置されている。

着席と同時に司会者の自己紹介と、簡単な今日の座談会の流れ、、各参加者の
自己紹介でスタート

最初はかなり緊張しましたが、人数が少なかったせいか、最後の方はリラックスして言いたい事が言えました。(*^_^*)

色々と商品について司会の人がテーマを与えてあとは、
参加者同士で言いたい放題という感じ。

中盤になると参加者は皆女性だったので、1人が口を開くと、もう止まらないと言う感じでした。
最初は「長いかも・・・何話すのかなぁ〜」と感じた、2時間だったのですが、
あっという間に過ぎてしまいました

最後に謝礼を手渡しでもらって、領収書に住所氏名を記入後印鑑を押して終了。
交通費を差し引くと、
約8000円かな。

一日2時間でこの額はかなり大きいです。

こういった参加型のモニターは、
一回あたりの報酬が大きいので都合のつく限り、是非参加するべきだと思いました。

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TV出演 (NHK BSHiビジョン放送)
2003年11月17日(月)

今回はネットで応募したTVへの出演依頼(こだわりのある番組観覧者という役柄)に、仕事帰りで、時間的に都合がついたので行ってきました。
夕方6時過ぎに都内の某局玄関に集合。
少し早く着いたけど、周りに何もないのでとりあえず玄関内に入ります。
番組名のボードを持った、担当会社のADさんとおぼしき人に名前を告げて横のソファーに腰掛けること10分程度。

人数(8名)全員がそろったところで、厳重な警備員の警戒の中ADさんにくっ付いて中へ入る。
今回は生
放送で長時間の番組のため軽い夕食が付いているとの事で、まず先に食堂に案内される。

もしかしたら食事中のタレントさんが見られるかも・・・


という淡い期待もありましたが、ついたてで私たちの食事するエリアだけ覆われており、あちら側が見えない状態。何これ〜〜!!ウチらは隔離かい!残念〜〜〜(T_T)
軽食はサンドイッチ定食(ちょっとショボかった・・)と飲み物で、思ったより素材が良いものを使っていておいしかったです(*^_^*)

食事をしながら、ADさんから番組内容の説明と
謝礼5000円を先にいただきました
7時過ぎからの生放送で、約10分前にスタジオ入り。
司会の岩崎ひろみさんや、江守徹さんにスタジオに入る際に「よろしくお願いしま〜す」と挨拶されてしまいました〜o(^v^)o
よく言われているとおり芸能人のかたは間近で見ると、小柄で顔が小さくてかわいいです〜。°・(ノД`)・°。
でも、江守さんは顔がすごく大きかった〜〜

スタジオに入ると、スタッフの人たちが忙しそうに働いており、その喧噪の中で、天才バイオリニスと言われて数々の賞を受賞している千住真理子さんが、ストラディバリウスを手にリハーサル中。
名演奏家が、名器を手にするとこんなにもすごい迫力なの!!?
と言うくらいの迫力です。

緊張をほぐすためか、ADさんの軽いジョークを聞きながら時間となり(民放だと”前説”と言って、お笑いタレントなどを使ってやるんだけど・・)千住真理子さんの生演奏により番組スタート。

私たち以外の観覧者の人たち20人位(別行動だった)を交えて「一般の審査員」という立場で後ろに据えられた席に座るが、私たち謝礼をもらって集まった8人の場合、ほかの20人と違って
番組タイトルの**に”こだわりがある”と言うことで、特別に集められており、番組前の数分前に、インタビュアーとして私たちと一緒に座る、阿藤 海さんの周りに座らされる。

「**について聞きますから元気よく答えてくださいね〜〜!!なんだかなぁ〜〜 みんな元気がないなぁ〜〜〜〜!!!」と、いつもテレビで見る通りの元気でかなりの大音量でした。


他の一般の審査員の人たち(20人)は、観客動員会社に集められた人たちだったらしく、慣れた感じのリアクションをしていました。
隣にいた20人の1人とお話したのですが、観客動員会社に登録していると、かなり頻繁に電話がかかってくるらしく、収録の前日の23時過ぎくらいでも、番組観覧できないか?と平気で電話がかかってくることがある(ひえ〜!)と言ってました。

あれやこれやで見所も結構あって、お約束通り阿藤海さんにインタビューされたりなんかして楽しかったですよ。(*^_^*)
テレビに映ってさらに食事付きの謝礼5000円!

また機会があったら絶対行きたいですね。



【後日談】

  • バイオリンを習っているお友達がいて後日この話をしたら、「え〜〜!!千住真理子さんの演奏、生で聞いたのぉ〜〜!!!なんて幸せな!」と言われました。 そんなに有名だったのね〜(*^_^*)

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TV出演 (テレビ朝日 テスト・ザ・ネイション)
2004年11月3日(水)文化の日

行ってきました。テレビ朝日・・
午後4時に受付したのち控え室にてお弁当タ〜イム♪
魚系、肉系と二種類。
思っていたよりずっと豪華でびっくり(*^_^*)

やはり主婦が40人も集まるとメチャクチャうるさい(>_<)
下は20代で上はたぶん40代(?)服装もいろいろ・・
40代と思われる女性が、ピンクハウスのぶりぶりには驚きました〜〜(笑)

おおまかな流れをADさんが説明後、決起会(?)が始まる・・・
かけ声とともに両手の拳をあげる練習!?
みんな真剣だけど、私はちとさめ気味ではありました( ̄ω ̄;)


【官僚さんのお行儀】

5時20分
スタジオに移動〜〜
地下1階のと〜っても大きいスタジオでした。
カラフルな照明に目がちかちか。
回答者は官僚、東大生、専業主婦、タクシードライバー、料理人、銀座のママ各40人で
総勢240人、すごい・・盛り上がりは最初からすごい・・

一番のノリはなぜか官僚さん・・

ほとんど学生のノリで、東大生の方が落ち着いており大人に見えるのはなぜ???(^^;)
官僚さんは


銀座のママに手を振ったり
(?)

タクシードライバーの○番がかわいい・・・

とか、ホント
日本の将来が不安になって来るような発言やお行儀に正直うんざり・・・(>_<)
司会の古館さんも、あの人達にコメントを振るのは、なんとなく嫌がっていたように思えました。

その後は、本番まで回答ボタンチェックや、最初の紹介の練習。


【銀座のママ軍団】

銀座のママ軍団のほうは、
化粧やらヘアスタイルやらのお直しに必死の形相!
職業柄やはり恥ずかしい格好は出来ないでスモンね〜
お召しの着物も、とっても高そうで同じ女性として見ててもため息ものでした。

さらに化粧直しに余念が無く、CMの度にパタパタする姿に脱帽・・
扇子で仰ぐ姿もお上品でした。
しかし、妙なライバル心から

銀ママ軍団には負けたくない!!

、と専業主婦軍団は燃えていましたが・・

そして7時にいよいよ生本番。。
とあっという間で
IQテストには普段使わない脳みそをフル回転させて汗汗。。。
結果は???(ご想像にお任せします)


【同じ姿勢はきついよ〜〜】

合計8時間近くのお仕事に
やはり何がきついって”ず〜っと同じ姿勢”がきつかったですね。
今回はニュースステーションまでぶちぬきで出演だったので、約6時間近く同じ姿勢の座りっぱなし・・
う〜ん腰とおしりが痛い痛い・・・・(T_T)

ニュースステーションが始まると銀座のママ軍団の半分は入れ替え

「そっかこれからお仕事の時間なのね・・」

と妙に納得してしまいましたが、代わり(?)の人が座るんだあ・・
さすが抜け目はないテレビ局。


【ギャラはみんな一緒なの?】

銀座のママ軍団のギャラはいくらなんだろう?

待合室での話題でも、主婦軍団の共通の疑問は、

ギャラはどのジャンルの人も一緒なのかどうか?

で持ちっきり。

銀座ののママは一万円のギャラで5時間も時間を割くのかな・・?

とか、

官僚がギャラを貰っちゃうわけ?公務員だからそれはないでしょ〜〜!?

とか色々と詮索が飛び交っていましたが、確かにそれぞれ立場や出演のレア度を考えると、ギャラが均一という事はあり得ないのかも知れませんね。
さすがにご当人たちにに直接聞くわけにもいかず、お話だけで終わっちゃいました(笑)


【本番終了〜〜(*^_^*)】

司会の小池栄子さんはホンと!きれいでした。o(^v^)o
テレビで見ているときは、何となく

気が強そうで、

世間知らず的な人

に思っていたのですが、そんな感じは実際に見ると全然無くて、
あれはもしかしたらテレビ向けのキャラ作りをしているのかも知れませんね。

実際はとても気さくな人っぽくて、本番終了後もニュースステーションが終わって、控え室に帰る際も、突然私服姿で現れ、

今日はお疲れ様でした〜

と素人である私たちにも一人一人にご挨拶してくれました。

やだ〜・・・小池さんって意外にいい人・・ヾ(≧∇≦)〃

主婦なんてこんなものです。(笑)
やれやれと控え室に戻ったのは、すでに
午後11時20分

そこから今日のテストの結果を貰って、あとは交通費の精算。
一人ずつ渡されるので結構時間がかかりました。

帰りの交通費はテレ朝のほうで、
タクシーの深夜料金で家まであらかじめ計算されていましたので、
六本木から優雅にタクシーで帰っ
たのですが、
ここでも悲しいかな
貧乏性なjunちゃんは、少し手前でタクシーを降りて歩いて帰って来ました。(涙)
(いくらかは浮いたかな・・・?)

これを主人に言うと

お前そんな夜中に女性が一人で歩いていて、ひったくりとかの被害にあったらそれこそもともこも無いぞ!

と怒られちゃいました。
確かにちょっと軽率だったかな・・・

貧乏性・・・いつになったら治るんだろう・・・・・??。°・(ノД`)・°。

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取材同行記 (フジテレビ スーパーニュース) 
※ 一部(ウソ・・ほとんど)旦那の手記を引用しました(^_^;)

2003年9月某日(日)

9月上旬にmpackのテレビ出演者募集で「夫婦限定。北海道に移住をお考えの夫婦、取材に同行してもらいます。」という内容に、日々の生活に飽き飽きしていた私は、思わず大自然の多い北海道を想い出し(以前北海道に住んでいました)、気がつくと必要事項欄にいつになく丁寧に答えていました。



2003年9月下旬


9月某日の昼頃TV局のADであるHさんという方から電話があり、
応募内容について詳しくお話を伺いたい」とのことで、精一杯想いを伝えた。(たぶん事実確認だと想う)
もしjunちゃんさんに決まれば、10月上旬に3日間ぐらいの日程で取材に同行してもらうかもしれない」

と言う事で電話を切った。(この時点では候補者ね(^_^;))
小さい頃から、逆に表彰されても良いくらいにくじ運のない私
ほとんど採用されないだろうと半ば忘れかけていたのですが、9月*日(1週間前)を過ぎたところでなんの連絡もないので、

「やっぱりダメだわ・・・」と思っていると、

その次の日になって


「今週土曜日からの日程ですがどうですか?行けますか?」との電話にビックリ。

o(^-^ o )(ノ ^-^)ノゃぁゃぁ♪

もちろん3日間の旅費・滞在費等すべての費用はTV局持ち。
一応職場に休みがもらえるかどうかを確認するため即答は避けて、職場にはおみやげをエサに有給をおそるおそるもらって準備万端!
この話が出たときから超〜乗り気の旦那へ連絡して、休みが取れることを確認!

(電話の向こうで旦那は大喜び!(^_^;))
規定で子供達は撮影に同行できないとの事で、急遽実家に面倒を見て貰えるようにお願い。 

2003年10月1日

出発3日前の水曜日にADのHさんから「一度お会いしたい」という事で、仕事が終わった夜に家に来てもらい初めてHさんとご対〜面。
この時に、フジテレビ内の旅行会社発行の、夫婦2人分の往復航空券をいただきました。

ここでやっと実感がわいてきて、気分はもう北海道〜〜〜(*ノノ)キャッ♪。

「もう後には引けない・・・・」


日程は10月4日〜10月6日の2泊3日です。



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〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ここからは旦那の手記です。(几帳面A型なので時間もきっちり入ってます(笑))〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


2003年10月4日(土)  晴れ 羽田〜旭川〜富良野

【出発】

0520 前日にほとんどの準備を済ませていたため、出発時間ギリギリでも大丈夫ということで、目覚ましの音で心地よく目覚める。 のどの奥がつばを飲むと痛い。 一昨日くらいから風邪をひいたみたい。

0545 自宅で最後のメールをチェック中、携帯にTV局が差し向けた迎えのタクシーから自宅前に着いたと電話があり、戸締り確認後取り急ぎ乗り込む。

0646 朝方の道路はは混雑もあまり無くスムーズに羽田空港出発ロビーに到着。ちょっと重役になった気分(一生に一回だろうな・・・)で配車表と書いた紙にサインして、颯爽とタクシーから降りる。

0650 JASのカウンターにチェックイン。手荷物を一つ預けるが、警備は厳重でやはりまだまだハイジャック等のテロを警戒しているようだ。警備員の見ている画面をチラッと覗くと、カラーですべての内容物が丸見え状態である。 確かに変なモノを入れてると恥ずかしいよね〜

0655  時間も時間なので早々に搭乗ゲートから入場し、搭乗口に向かう。小腹が空いたので、スナックスタンドにてカツサンド(5cm四方3切れで390円!高いよ〜)を買い食べる。junちゃんは山菜うどん500円。 ここで咽の保護のため、多めにペットボトルのお茶を買いこんでおく。

0710  ほどなく搭乗のアナウンスで、エアポートリムジンバスに乗り込み、***便 0725東京発 0900旭川着予定のエアバスA300に、junちゃんと2人で窓際の席に乗り込む。心なしか席の幅が狭く座りずらいが気のせいだろうか・・・

0725  定刻通り羽田を離陸。 

0900  機内アナウンスで“気温5度天候は霧”と、少々防寒に不安がよぎる旭川空港に到着。

 アナウンスの天候とは裏腹に、霧はなく、雲の少し多いくらいの晴天になっている。 なかなか先行きよさげな雰囲気である。

0915 出口にはHさんと、熊のような風貌(失礼!)の現地スタッフBさんと、一緒の飛行機に乗っていたらしい、
 
タマちゃんの報道で2001年度 流行語大賞も受賞された有名なレポーターの黒住祐子さんも待っていた。  

 黒住さんは顔も小さく目のパッチリした人で、とても綺麗である。 この人が今回
3日間同行してレポートを担当するらしい。楽しくなりそう・・・


0930  空港内3階にあるレストランで、「とりあえず朝食を食べましょう」ということで、5人で広いレストランに入る。 

 ここではお腹が一杯の為コーヒーを注文。(先に言ってくれれば食べてこなかったのにー!!)ちなみに若いADのHさんは経費で落ちるということで朝食なのに、ウニいくら丼1500円也を注文して、KYさんに「あ−!経費だと思って朝から高いもの食べてる〜言ってやろ〜〜」と言われて、マジな顔で焦っていた。(笑)

1000  現地のコーディネーターであるBさんの運転で、当初の予定していたペンションの都合が悪くなり時間がずれて少し時間が出来たということで、先に観光兼ねがねドラマ「北の国」からでロケ地となった、富良野麓郷地区にある、主役の五郎さんが石を積んで建てたという、「石の家」へ向かう。

 1055  小1時間ほどかかって石の家に到着、どうやらここで少し撮影をしていくらしい。 

 今は北の国からの撮影は終了しているため、富良野町の管理の下に丁寧に保存しているらしい。 原則として
観光客立ち入り禁止なのである。  

 入口から少し坂を登ると広さ30畳ほどの展望台があり、100mほど向こうに「北の国から 遺言」で見た通りの石の家が、ぽつんとたたずんでいる。
 本当に今にも五郎さんが、紋付きはかまで飛び出してきそうである。


1105  ここで初めてカメラクルーと、今回のロケのディレクターSさんとお会いした。タヌキ顔のちょっと太目だが愛嬌のある顔をしているSさん。 

 クルーは現地のH○Cメディアワークスの生え抜きである、財津和雄似のカメラマンTさんと、にやけた顔の音声の某さん、ちょっと頼りなさげの助手のS君の3名。

 挨拶もそこそこに早速、「観光客を取材しよう」となり、来る観光客のほとんど全てに取材のあたりをつけはじめるHさん。雰囲気はなんとなくナンパ師のようである。
 
 何名かにインタビューを始めるが、今回の特集タイトルの「
楽園に移り住む人々」というテーマに合致するコメントはなかなか取れないようだ。ねらい的には「移住してもいいなぁ〜」という人のコメントがほしかったらしいのだが、いくら北海道に観光に来ているとはいえ「移住してもいいな」と思っている人はなかなか居ないようで、数人インタビューしたところで終了。



1135  そうこうするうち展望台に富良野町の観光局の人が来て、「
フジテレビさんなら近くに行って撮影もOKです」ということで石の家をまじかで拝めることになり、再度車に乗り別の通行止めの道から中へ。

 カメラさんは取材用に家を撮影する間、邪魔にならないよう家の外からのぞきこんでいたが、まじかでみる石の家は本当に五郎さんが住んでいるかのようになべや机等が置いてあり、リアリティー抜群であったので、黒住さんも我々も非常にラッキーということで盛り上がっていた。

 20分ほどで撮影は終了し、次に「遺言」で五郎さんがごみや廃材を集めて建築していた、「拾ってきた家」へ行く。



1155  「石の家」から5分ほどで、「拾ってきた家」に到着。 

 ここは石の家と違って、結婚した純や蛍も住み着いて暮らしていき、やがて町になるというテーマで、今後建物をどんどん増やしていくらしい。 それでかどうかは不明だが、ここは入場料(200円)が必要なようだ。 

 もちろん”フジテレビの力”でここでもフリーパスで通過。建物のみの撮影を淡々とこなしていく。

 ドラマ内で竹下景子の住んでいたのがそのまま保存されており、興味深かったが、周りに結構色々とみやげ物屋や食堂等があるためドラマの雰囲気はあまり残っておらず、石の家に比べてかなり観光地化していたように思う。



1215  次のロケ先である、東京からの移住者の経営するペンションが、1300〜と言うことで一旦拾ってきた家の駐車場の横にある食堂で昼食を取る。味噌チャーシュー麺を頼んだ。 チャーシューがトンカツのロース肉そのものを茹でたヤツで、もう少し工夫が欲しかったかな・・・



1245  他のロケクルーの頼んだカレーがなかなか来ないと言う事で、若干遅れ気味に出発。しかしさすが業界の人たちは食べるのが異常に早い。 (後に黒住さんが言っていたが、「あそこのカレーはレトルトね。だってそんな味したもん。」だって。レトルトカレーをよく食べるのかな?)



1315  少し遅れて現地
La Collina」というちょっと外観は素っ気ないが、要所要所に気遣いのあるペンションに到着。

 挨拶もそこそこにいよいよ我々の撮影が始まる。まずは歩いて到着したという場面からだが、50mくらい手前からKさんと3人で歩きながら、やっと着いた〜という感じで始まる。


 「じゃ、撮影しマース!5.4.3.・・・・・」で、お約束のように黒住さんの

「あれぇ〜?ここですかねぇ〜、あっ!ここですぅ〜」的シラジラリードで、いきなりの始まりに少し緊張するもスムーズにOKが出る。(我々夫婦って結構才能あるかも・・・)



1930  一通りの部屋や外観をやっとこさ撮り終えて、いよいよお約束のお食事風景撮影。 

 イメージ的には、美味しい物が食べられて役得〜◎と言う印象だが、現実は甘くはなく、
あくまで撮影なので自分の自由に食べられず(カメラさんの注文で一人づつ食べて感想を言ってから、次の人が食べるという事)OKが出たら、食べ終わっていなくても時間がないので下げられて、次の皿が出てきて準備をする。
 というまさに、
オアズケ犬もしくは、食の当て馬状態に空腹も相まって段々切なくなる・・



2100  イタリアン料理のフルコースということだったのが、時間の都合で3品に絞られた上、ほとんど食べてる途中だったので満腹にはならなかったが、撮影終了ということで照明等を撤収する。 

 ここでSディレクターから、「番組的な流れの順番と撮影の順番が逆なので、申し訳ないけど明日も全く同じ格好で来て貰えますか?」とほとんど嫌といえない状況で言われる。(あ〜
Tシャツまで一緒なのは嫌だなぁ〜〜(>_<)ま、テレビだから仕方ないか・・・)



2110  ここで何やらSディレクターの方から天気がどうのこうのと言う話が聞こえてきて、今から明日撮影予定の天文台を個人所有している豪邸に住む移住者の家に、望遠鏡をのぞいてる場面だけ撮影しに行くとのこと。(とほほ(^_^;)

 どうも次の日の天候が崩れるらしく、天気の良い今日中に天文観測場面のみ撮影しておくらしい。



2150  自衛隊の駐屯地からそう遠くない丘の中腹のところに、
東京ドーム1個分に相当する土地に、まるでペンションのような大きさの豪邸に住む、Nさんのおうちに到着。

 この人は、天文台をコンピューターで制御するソフトウェアを開発販売している社長さんで、自宅に大きな天文台を持っているのである。
 ここでも挨拶もそこそこにお宅にお邪魔するところから撮影、玄関を上がったところで、時間も遅いので天文台の方で天体観測を撮影することになる。




2230  富良野の夜はこの時間で4℃。吐く息が十分白い。        天文台の中は寒く、ジャケットの下に新素材のジャンバーを見えないように羽織っても震えるくらい寒かった。 これが原因でのちに風邪がひどくなる。

 ここの主人のNさんは○○県で以前ソフトウェア関連の会社を経営しており、天文の趣味が講じて天体観測の為に当初○県の山奥の田舎に、別荘を購入し観測にいそしんでいたが、徐々に近所に家が建ち始め、天体観測の支障になり始めたため、以前から欠かさず見ていた
「北の国から」のロケ地、富良野にほれ込み土地を自力で見つけて購入し、経営していた会社を売り払い、新たにここで天文台制御用のソフトウェアを開発販売する会社を設立し住み始めた人である。



2300  やっと撮影終了。スタッフが食事をしていないので、富良野の街中に出て居酒屋系「赤ちょうちん」というところで遅い夕食。 ここは拾ってきた家でもらった「北の国からマップ=市街地編」ガイドブックによると、「98‘時代」で富良野に住む事になった、雪子と五郎、純が引っ越しの打ち合わせをした居酒屋・・・・・らしい。 

 ここでは遠慮気味に生ビール4杯くらいを飲んで、カメラクルーの皆さんの腹ごしらえが終わるのを待って帰路に着く。運転手付きなので気兼ねなく飲む事が出来るが、時間も時間なので眠さが増して来る。
早く帰って寝たい〜



2430  宿泊は富良野市北の峰町にある、「ニュー富良野ホテル」というビジネス系のツインルーム。 

 富良野プリンスホテルあたりの一流を想像していただけにちょっとがっかり。 この部屋に置いてあるソファーに座ると、スプリングがくたびれているのか、
尻の肉にスプリングの輪っかがそのまんま見事にぶち当たってくれる。これもいい想い出と言う事で笑ってすませよう。(笑)

この頃には声がかすれ気味になり調子が極めて悪くなってきた為、密かに持ってきたイソジンうがい薬でうがいをしてから床につく。


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2003年10月5日(日) 晴れ 昼過ぎから雨時々晴れ 富良野

0730  朝食バイキングが9時までなので、8時30分ごろに目覚ましをセットしていたのだが、なぜかこの時間に目覚めてしまった。junちゃんは熟睡。 カーテンを開けて外を見るとすごい霧である。 

 やはり天気予報は当たるのかと妙に感心。  とりあえず妻が起きそうにないので、テレビを小さい声で点けてみるが、日曜の朝のローカル番組は全然面白くない。
  うだうだとしているうち8時過ぎになり妻を起こして、バイキングの朝食へ。


0820  寒い北国のせいか
全体的に味付けが塩辛い。 インテリアの雰囲気は洋風だが、おかずや味付けが何となくしょぼい。 

 ま、来たからには贅沢を言わず食べなきゃ損だと、和食メインのおかずをたらふく食べて「JUN」「蛍」という、
ミーハー過ぎる名前の食堂を後にする。  (完全に名前負けしている。いっそのこと「五郎ちゃん食堂」とか「壮太兄ちゃん亭」とでもなずけたほうがよっぽどしっくり来るしょぼさだ。)


0900  0930にロビー集合なので一旦部屋に帰り最後の身支度。 声がしゃがれて全然でなくなってきた。


0930  ロビーに下りるエレベータで、ADのHさんとばったり会ったので、とりあえず「月曜日は妻が仕事なので旭川発1750分の便には乗りたいということと、声が出なくなってきた為、薬を途中で買いたい」と伝える。  

 現地クルー(HBCメディア)の人たちはすでに車を玄関前に回して、荷物を搭載して待機状態。(言葉は悪いが、所詮下請けなのか、いろんな意味で●●テレビサイドの2人よりも動きにそつがない上、なんとなく細かな気遣いが見られる。)


0935  レポーターの黒住さんと、Sディレクターが降りてきて出発となる。 

  この頃には、先ほどまでの霧はすっかり晴れ、徐々に快晴に変わっている。 山に近いのか、富良野自体が山だからか、天気が非常に変わりやすい。  

 今日も昨日と同じHさんの運転である。

 この方は
とてもフレンドリーなかたであり、初日からなんやかんやと話し掛けてくれるし色々と気を使ってくれるとてもいい人だ。 なんでも以前はHBC北海道放送の昼のバラエティー情報番組「パック2」の担当だったらしいのだが、体を壊してしまいHBCの子会社である現在の会社へ移り、情報番組時代の知識情報を生かして、現在は現地スタッフに同行するコーディネーターをやっておられるらしい。  

 とにかく良い人オーラが体中からあふれるほどの良い人である(*^_^*)


1010  上富良野市街でドラッグストアを見つけ入り、「パブロン顆粒」と「のどぬーる」と小さいメモ帳を購入、ADのHさんがそばで全てかごの中に入れてまとめて払ってくれた。


1035  再び豪邸のNさん宅に到着。今日の昼は、近所の方がこられて皆でジンギスカンをつつくらしい。その前にまたまた最初からお宅訪問風の撮影が始まる。


1130  一通りの部屋の収録が終わり、徐々にBBQの準備をし始めるがNさん夫妻の見積りでは火起こしを始めなければならないらしいのだが、夫妻の飼っている犬の撮影が残っており、普段人からとやかく言われない生活を送っているせいか火起こしが時間どおりにいかないせいか、Nさんはかなりいらいらしているご様子。


1210  火起こしも何とかなった頃、予定通り近所の皆さんが駆けつけてきた。


1225  BBQの取材が始まり、近所の農家のHSさん(300反の農地をもっているらしい)親子。
 

 もうすぐ定年の長崎県出身の自衛官の人も「自分が好きになった所に住むのが一番」と結構はにかみながらも答えてくれてました。   取材面ではやはり民放、Nさんのほうでビールを用意してくれていたのですが銘柄を隠すように指示があったのは、あたりまえというかさすがというか・・・^^;

1400  収録後、取材クルーにもどうぞ〜ということでクルーもぱくつき終わり、続いて敷地内を散歩しながらの取材が何度か行われ、夕刻からはNさん夫妻とのインタビューが行われ、19時30分くらいまでかかった。


1930  Nさん邸を後にして、一旦みんなでホテルへ帰ってへんちくりんレストラン「JUN」「蛍」で食事。  と思いきや、
やはりロハの旅行はそんなに甘くない。  

 ディレクターの方から、「テレビ的にはjunちゃん夫妻が、Nさんの住んでいる家をみて、“自分たちは商売をしたい。移住してきて商売している人が見たい”と我々に頼んでいるところを撮りたいので、ここでお願いします。」という事で、ロビーで食事前に撮影となる。(要するに役者になれと言う意味)  

 もちろん普段ならもうとっくに晩酌しながらの食事を終えている時刻だ、これが終わったら美味しい暖かい食事にありつける、と言うわけでかなり力を入れて頑張ったので、一発OKで終了。 (なんかメシにつられてガンバってる自分を見るのなんて何年ぶりだろう?若い頃はいつもそうだったけど・・・)


1942  さてやっとの夕食は和洋雪隠の相変わらずどこかへんちくりんな内容で、「壮太兄ちゃん」の名がふさわしい内容の食事でした。  その後クルーは前日に取り残したフルコースの料理の撮影を引続き撮るため「LaCollina」へ向かうという。
 
 その間出番のない我々夫婦と、レポーターの黒住さんは部屋に帰って休憩してもよいことになり、コーディネータのHさんが気を利かせてくれてニュー富良野ホテルから10分ぐらいの場所にある富良野プリンスホテル敷地内の、
「北の国から」でも竹下景子がろうそく屋を営んでいた「ニングルテラス」へ連れて行ってくれた。  

 ここは富良野在住の脚本家 倉本惣がプロデュースした、アイヌ語で森の妖精をモチーフにした3坪ほどの小さな店が15軒ほど集まっており、小物やアクセサリーなどがそれぞれの店のオリジナルで並べられていた。  レポーターの黒住さんはそこのろうそく店で1500円くらいのろうそくを買っていた。


2000  その後、隣接する富良野プリンスホテル館内の、みやげ物コーナーでそそくさと土産物を購入してホテルへ帰った。


2310  食べ物の撮影に一時間ほどかかるという見積りで、とりあえず出番が来たらHさんが部屋に電話を掛けてくれるというので、安心して部屋で眠っていたがうつらうつらして電話でおきた時はもうすでに23時を少し過ぎた頃。(どこが1時間やねん!)  

 そこから「La Collina」に向かい、商売に踏み込んだ系のインタビューを終了して、再びホテルに帰れたのは1時30分を過ぎた頃だった。


0155  シャワーを浴びて速攻で就寝。(風邪の調子は最悪、声が出ないので何度も何度も撮影途中でうがいを繰り返し、だましだまし撮っていたので、翌日も声が出なかったらどうしよう・・・等と芸能人になったような気分で眠りにつく。)


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2003年10月6日(月) 雨時々晴れ 富良野〜美瑛〜旭川〜羽田

0830  前日の疲れからぐっすりと8時半まで寝た我々は、朝食を取りつつ最終日の撮影であることを喜んでいたりもした。  

 昨夜の終了時間の遅れから集合は1000に設定されたのであるがなぜかぐっすり寝られたので睡眠は十分である。 夜にアルコールも飲まなかったせいかのどの調子も昨日よりもいい感じである。


1030  朝のウチにまとめた荷物を積み込んで、今朝は、テレビで使う
黒住さんとの北海道での初めての出会いのシーンを撮影するというので(順序まったく逆!)、麓郷に向かう峠のハートヒルパーク展望台で撮影。 

 ここは
「北の国から」れいちゃんの自転車のチェーンが外れて雨宿りしたシーンのそばで、天候が曇の合間を縫って晴れ間が顔を出すというような感じだったが、撮影は続行。 

 一度目のキューでは、今日の服装は何でもいいですよと言う事で着ていたスエットでは、やっぱりラフすぎるということで、昨日まで着ていたジャケットに再度着替えて撮影。 2発目でOKが出る。  (
あまりの白々しさもこのころになると、笑って流せるようになってきた


1045 展望台を出発。 今日のメインは移住の為の物件探し。主に美瑛町の2軒をピックアップしてくれたらしく、空港の近くだったのは、1750分発に間に合うようにとの思いやりか。。

1145  美瑛町一件目の物件到着。 

 一応、我々夫婦は最初の打ち合わせには参加せず(
案内されて初めて見た方が、驚きも真実味があるという配慮かららしい)車の中で密かに待機する。 

 ここは築2年弱の物件で、カナダ人の大工が現地まで来て建てたという本格的で立派なログハウス。 当時の建設価格は
5000万をくだらないという。 
 もとは川崎の人が、商社を脱サラして喫茶店を営んでいたらしいが、奥方が名うての美容師で活躍していたらしく、一旦は家族みんなで美瑛に越してきたモノの、ここではせっかくの腕が台無しだということで、結局家族は皆川崎へ帰ってしまったらしい。

  その後、当分は旦那一人でこつこつと喫茶店を営業していたらしいが、結局家族が恋しくなったのか、
夢あきらめて川崎へ帰ってしまって、今はアルバイトをして再び都会で生活しているらしい。  

 物件的には明るい感じで良いのだが、少々景色に灘がるうえ、近所は全て会社の寮などの別荘物件だそうで、住人の姿もあまり見られず、固定客が見積もれそうにない環境であり、商売するにはちょっと厳しそうな物件だった。  価格は
3650万であったが、土地価格はほとんどただ同然の土地柄、上ものの値段としてはいい値段(微妙だな・・・)であると思った。


1300  美瑛町の市街で昼食を取る。 看板には“そば・ラーメン・定食・コーヒー”と、何でも有り的な店で、少し警戒しながらもどれを食べようかと迷っていると、Hさんが一言

 「ここのラーメンは、旭川系でうまいですよ〜」

 との助言に、“
豚丼とラーメンのセット”を頼む。 ラーメンは旭川風でなにげに醤油味ベースで美味しかった。


1400  トイレを済ませて次の物件へ移動。


1430  2件目の物件に到着。 ここは元喫茶店の物件で、ほんの数日前に売りに出たばかりらしい。

 ここを紹介する不動産屋のおっさんは、不動産屋と言うよりも、カールのCMに出てくる

「♪はぁ〜あ〜オラがんちの・・・♪」の歌で有名な、
“犬連れたトウモロコシ農家のおっさん”という感じの、

日本でも5本の指に入るくらいスーツの似合わない人で、とてもキャラクターがユニークであった。 (かな〜り、緊張していた)

  しかし、不動産屋のだっさーいおっさんとは裏腹に、景色は360度どちらを見ても、美瑛町のセールスポイントである
パッチワークのような田園風景を望む事ができ丘の向こうには「ケンとメリーの木」と呼ばれる、昔のスカイラインのCMで有名な木が見えているという絶好のロケーションである。 (木まで約300mくらいの近さ!)

 さらに、ここの前のオーナーは喫茶店を営んでいたらしく、直ぐ脇を美瑛観光銀座と呼ばれる国道が通っていることもあり、
めちゃくちゃ喫茶店は流行っていたらしい。 
 しかし、オーナーの両親が病気で動けなくなり、介護の必要が生じたため、やむなくここを手放したそうである。

  いずれにしろ、先ほどの1件目の物件よりも、建物的には見劣りするが
ビジネスチャンスとしては、比べモノにならないくらいの価値がある物件であり、もし我々が今回の旅で本気で移住を決める気で行っていたなら、速攻で手打ち金をを打っていたかもしれないほどのビジネス的なアドバンテージが大きな物件であった。
  (
さすがテレビの情報力。ディレクターが「次の物件は建物的には別として、ロケーションは最高ですよ〜我々もかなりここのは自身有りです!」と言っていただけありました。)


1610  さて、物件の紹介も終わり、となりの畑で最後にこの旅を終えてどう思ったか?
の感想を聞かれる場面で終了となり、

「今回の旅で訪問した人達の生き方を見て、
自分がまだまだ甘い事。さらに勉強して移住という夢に向かって努力していこうと強く感じた」と答えた。 

junちゃんも

「最初は移住に気乗りしなかったが、今ではグラッと来てしまって、
真剣に移住を考えてみようと思っている。」という答えが出ていた。(妻も役者になったもんだ・・・)

  OKが出たか?とSディレクターの方を見ると、ニコッと笑って

 「上手いなぁ〜〜Okで〜す!」

 と言ってOK出しをもらった。(今回の旅で最初で最後のお褒めの言葉を頂いた(*^_^*)正直嬉しかった〜)  レポーターの黒住さんにも「本当に上手いですねぇ〜」と言ってもらえたのが、最後に今回の旅で唯一嬉しかった瞬間であった。


1630  旭川空港まで30分はかかると言う事で、1750分発の東京行きに乗るため、早速この地を後にする事になり、皆に挨拶をしていたとき、カメラマンのTさんが横に来て「そう言えば嫌いな芸能人いました。辰●●郎は嫌な人でしたよ。なんか相性が合わないって言うか・・・とにかくあの人とは仕事したくないですねぇ〜」と言っていた。  

 というのも、前日のホテルでの夕食時、皆に

 「
芸能人でこの人は良い人とか、この人はどうも嫌だとかって言う人いますか?

 と質問したのだが、なかなかみんなも警戒して答えてくれなかったのだ。

 しかし、TさんとHさんだけは機会ある毎に、遠慮がちにコソッと答えてくれていたのだ。(財津和夫似だけどいい人だ・・そう言えばこの人は、どっちの料理ショーのディレクターに気に入られており、いつも北海道モノの時は、Tさんご指名で話が来るらしい。

確かにカメラを持ったときの目つきは厳しく
プロのにおいを感じたもんなぁ〜。)


1635  皆に挨拶を済ませ、
息が止まるほどに美しい夕焼けの迫る美瑛の田園風景をあとにHさんの運転で旭川空港へ向かう。  

 あんなに自由時間もなく、寝る時間もろくに無い過酷な旅だったのに、なぜか
いざ離れるとなると心に寂しさがうっすらと浮かんでくる


1700  旭川空港到着。

 荷物を下ろし、Hさんに別れを告げる。  この旅に来て以来やっと解放された瞬間だったのだが、不思議なもので開放感よりも哀愁感が勝り、まさにつわものどもが夢の後。  空港へ向かう車内で、Hさんが「またお会いする事があるかもしれませんよ〜こう言うのクセになる人もいますからねぇ〜」って言っていたのがわかる気がした。
  

1750  定刻通り、ほぼ満席のMD90で旭川を後にする。 
 しかし
JASのCAはホントお多福系の顔立ちの人が多いと感じるのは私だけだろうか?


1940  羽田からADのHさんに頂いたタクシーチケット(配車表)に書いてある会社のタクシーを探し、素早く乗り込んで2006着のやまびこで東京駅に到着する子供を迎えに行く。

  携帯で連絡を取り合い、八重洲口で落ち合った後、そのまま自宅まで向かう。

2105  自宅に到着。(なんか夢のような3日間であった。と言うのが正直な感想)


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2003年10月9日(木) 晴れ 自 宅
1450  最初の場面(北海道に行く前の段階)を我が家で撮影したいと言う事で、夜勤明けの代休であるこの日にウチに来てもらう。  順番的には全く逆であるが、「向こうに行って何を見たいのか?」を語って下さいと言う事で、インタビュー的に収録を行う。  所要時間自体は30分程度で終わった。 

―――――――――――あとがき――――――――――――――

Q:もしまた同様の機会があったら参加するか?

A:おそらくまた参加すると思う。(滅多に経験できる事ではないし、今回色んな人と出会って少しではあるが人生観が変わったような気がするから。)

Q:面白かった?

A:とても観光どころの騒ぎではなかったが、テレビ撮影など我々夫婦にとって初めての経験であり、普段見れないような業界の体験を出来た事は、何物にも掛け替えがないと思う。 くせになりそう・・・・

おしまい。

結局この特集は20分に渡って放映されて、恥ずかしいのであまり人には言わなかったのですが、放送が始まった瞬間家の電話やら携帯やらが、ひっきりなしに鳴り続け、テレビをゆっくり見ている暇がなかったのは言うまでもありません。(^^;)

皆さんも勇気を出して貴重な体験をしてみませんか?



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三菱シュフレー 抗酸化キッチン家電イベント 丸の内 三菱電機ビル
DCROSS
2004年11月13日(土) 曇り 1400〜1730

丸の内 三菱電機ビル内にある
DCROSSで行われた

「抗酸化キッチン家電イベント」

へ行ってきました。

これは三菱シュフレーで10月初旬くらいに
15組30人が募集され、応募文とともに
オンラインで応募して選ばれたモノです。

junちゃん自身は初めてでしたが
こういうイベント自体は何度か行われているようで

三菱電機が発売中の抗酸化キッチン家電を
紹介するため、
抗酸化物質であるビタミンを生かした
料理を会場で料理研究家の先生が実演し
実際に作られたモノを試食(*^_^*)

さらにグループごとに分かれて
冷蔵庫、オーブンレンジ、IH炊飯調理器、IHレンジなどを
前に実際に説明を聞き
後日レポートを送る事になっています。


【30分の1の確率でオーブンレンジが!!】

そして最後は魅力の抽選会!
なんと30人中

1等 最新型オーブンレンジ(RO-B1B) 1名



2等 IHクックジャー(NJ−GX15) 2名

3等 産地直送まごころ市場 3名


と言う当選確率の高い抽選会なのです!
(太っ腹な三菱電機さんに感謝〜〜!!)

それにその他全員に、ワインか、
菊池桃子のお料理レシピ
がそれぞれレポート送信後に送られてくるようです。

そしてなんと!!
残念ながら
junちゃんは当選しなかったのですが

旦那に3等賞のまごころ市場が当選〜〜ヾ(≧∇≦)〃

今は画像のように目録だけですが
レポート送信と引き替えに送られてくるようです。

もちろん1等賞が当たった人もいて
かなーり(!)喜んでいましたが
2等の場合、来ていたペアで当たられた方も居て
ほんと静かな羨望の荒らし〜〜という空気で
すさまじい様相の抽選会模様でした〜〜(^_^;)

帰りは5時半過ぎで
遅くなる事必至だったので
丸ビル地下で、
4人分のお総菜を買って帰宅〜(^^)

junちゃん家は
オーブンレンジが無かったので
もともと欲しい家電の一つでしたが
このイベントで紹介された
オーブンレンジがとても高機能で
油を使わない唐揚げなどが出来るので
とても気に入ってしまって
ぜひ欲しくなっちゃいました!

【試食もボリュームたっぷりで美味し〜い!ヾ(≧∇≦)〃】

料理教室も講師で
フードコーディネーターもされている
小田真規子先生がつとめられました。

ホントに気さくな方で、料理もとても簡単ながら
栄養価やカロリー計算もしっかりされていて
美味しい料理ご紹介して頂きました。

当然試食タイムも
たっぷりの量の料理が準備されていて
それに何と言っても美味しい!!

とても満足度の高い試食タイムでした。


今回第2回の抗酸化キッチン家電イベントですが
junちゃん的には
かなりお得度の高いイベントだと思いました(*^_^*)

来年はぜひ皆さんも応募してみてはいかがでしょう?

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北海道と言えばやっぱり「カニ!」
あっちでは忙しくて味わえなかったけど(T_T)
帰ってきてからやっす〜いのをみつくろって購入し、たらふく食べました〜(^^)
質より量が我が家の家訓です!
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月1回の晩餐には食卓でカニをつつきせんか?『 蟹 ゆ で 名 人 』で満足!


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junちゃんのめざせ☆モニター長者(Juntyan's work towards a billionaire)  
All rights reserved.


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